入谷「角萬かどまん」ヒヤダイ人間録

その他のエリア

「手打ちそば 角萬(カドマン)」(東京・台東区入谷)

以前から行ってみたかった浅草の「角萬かどまん」へ行ったところ、
『当面の間、土日は休業中』の貼り紙。
それならばと急きょ、土日のみ営業の入谷「手打ちそば 角萬」へ目的地を変更した。

11時半オープンのところ、11時25分に到着。最前列にホッとする。
周囲に何もない住宅街にあるのにもかかわらず、到着と同時に私の後ろに行列ができはじめた。

ところが、なぜか店内にはお客さんの気配がする。
(ん? 開店前だよね? 準備中の看板でてるけど…ひょっとしてすでに満席?)
ほどなく、やさしそうな青年が顔をだし「少々お待ちください」と店内に戻っていった。
すでに店内は一巡目のお客さんで埋まっている!
(看板、準備中のまんまだけどいいのかな…)ちょっと気になる。

結局30分近く経ったころ、先ほどの青年に「どうぞ」と案内される。
(店からはひとりも出てきてないのに、なぜ?)
案内された店内は10人も入るといっぱいの狭さ。
ビニールの衝立で中央を仕切られた2つの大きなテーブルを、ほかのお客さんと対面でシェアする格好になっている。
どうやら2階にも席がいくつかあるようだ。
ふと、入口と反対側に専用出口があることに気づく。
小さな車に人がどんどん入る手品を見ているようだったが、やっとナゾが解けた。

とりあえず、名物「冷やし肉南大盛り(通称ひやだい)」1000円と「冷やし肉南」950円を注文する。
というか、店内客のほとんどが、この「ひやだい」しか頼んでいない。
時折、その温かいバージョンである「肉南そば」の声がチラホラ聞こえるだけだ。
どうやら何も言わないとデフォルトで「太麺」になり、希望のお客さんだけ別途「細麺」と頼むようだ。
見ているかぎり、お客さんの注文はすべて、肉南そばの「冷か温」「太か細」「大盛りか普通」いずれかの組み合わせに落ち着いている。ざるやカレーなどを頼む客は皆無だ。
(肉南以外のメニューの存在意義はほぼ感じられないレベル)

次々にやってくる常連とおぼしき方々は、着席するなり自分のタイミングで口々にオーダーしていく。
四方八方から銃弾のように飛んでくるそれらの注文に、先ほど案内してくれたやさしそうな青年はひとり懸命に応戦していた。

お店を回しているのは、厨房のおじさん、調理補助のおばあさん、ホール担当の青年の3人組。
目が回るほど忙しいなか、時折おじさんのキツ目の指摘が飛ぶ。
「あのさ、これ早く出してよ!」
「はい!すみません」とおばあさん。
「伝票さ、太(太麺のこと)は書かなくていいから。
これだと大盛りと勘違いするからさぁ!」
「はい!すみません」と青年。

そんなピリピリする空気の中、「はい、普通と大出るよ」とおじさんの声。
(お!いよいよ私たちの番だな)
と思ったのも束の間、青年は明らかに私たちより後に入ってきた二人に持っていってしまった。
厨房からはこの後も「この伝票さ、ホントにこの順番で合ってんの?」「この大盛りは細麺でいいのね!?」とおじさんの厳しい声が飛んでいる。いまにもパンクしそうな青年。

しばらくして「お待たせいたしました」と、ようやく青年が「冷やし肉南」(普通)を運んできた。
すごいボリューム!美味しそう。

食べ応えのある太麺、やわらかくよく味のしみた豚肉、ダイナミックにトッピングされた優しい甘さのネギ、そして旨味たっぷりの出汁のハーモニーが想像以上に素晴らしい。

…と噛み締めつつも気になるのは、待てど暮らせどやってこない隣の夫の「ひやだい」である。
後から来たお客さんも、何組も先に出ていってしまった。
ようやく私は気がついた。

青年よ、もしやアルバイト初日なのかい…?

しかし、私はすでに息子のバイトを見守る親の気持ちになっていた。
青年がついに夫のところに「ひやだい細麺、大変お待たせいたしました」と持ってきたときには、
よっぽど夫に「太麺はあきらめなよ」と言おうと思ったくらいだ。
そんな心中を知らない夫が「太麺頼んだよ」と伝えるとなかばパニックになる青年。
表情が曇るおじさんとおばあさん。
その合間にも、店内のお客さんの声が次々と響く。
「すみませーん、ひやだいの細と肉南大盛りで」(ひっ!
「5人分お会計一緒でお願いします」(ちょっと待ってあげて!
「こっち、そば湯おねがいしまーす」(見てわかんないの!? こっちも今大変なの!

おい、みんな!血も涙もないな!!

*結局その「ひやだい細麺」は向かいの席のおじさんのだった… 
(´༎ຶД༎ຶ)っ早く言ってやれよーっ!

そうして紆余曲折を経てやってきた、夫の「冷や大」。
待った甲斐のある、大変美味しいものであったようでございます。

締めの蕎麦湯も美味しかった。

それにしても、この料理すべてをたった一人で作り、電話対応もしているおじさんは本当にすごい。
キツい言葉にも愛が感じられた。
少しゆっくりだけど、誠実に働くおばあさん。彼女もファインプレーだ。
そして、空回りしていたけれど一生懸命な青年。
少し慣れた君に、もう一度注文しにくるからね。がんばれ。

戦場の青年を応援すべく、微力ながら1950円をお釣りなしで用意してみる。
帰り際、おじさん、おばあさん、青年、3人揃って、それぞれにお詫びの言葉をかけてくれたけれど、
いえいえ、入谷の下町人情に触れた心に残る時間でした。
ごちそうさまでした。また来ます。

帰りもまだ行列だった。
青年よ、大きくなれよ…

手打ちそば 角萬(かどまん)
〒110-0013 東京都台東区入谷1丁目24−6
営業時間: 土曜、日曜11:30~14:30
050-3632-1000