魅惑の本棚、魅惑の珈琲。虎ノ門「草枕」

新橋・虎ノ門

「草枕(くさまくら)」(東京・虎ノ門)

虎ノ門「大坂屋 砂場」の仮店舗の帰り、避けては通れない「草枕」。
ここでゆっくり過ごす時間がないのなら、今日は砂場に行くの止めとこ、と考え直すくらい、私にとって特別な喫茶店だ。

初めてのときは、ちょっと入りにくかった。
間口の狭い店構えは、京都の路地裏にある骨董屋もしくは呉服屋といった感じで、とても新橋に程近い外堀通り沿いの喫茶店にはみえない。

勇気を持って暖簾をくぐると、琥珀色の居心地のよい空間が広がっている。

よく冷えた陶器のカップで飲む水出しアイス珈琲(800円)は、夢のように美味しい。
アイスが当たり前と思っていた水出し珈琲だが、ここではホットも選べる(次回試そう)。
もちろん、丁寧にいれられたドリップ珈琲も絶品。

濃厚なチョコレートケーキは自家製。甘さ控えめで、深煎りの珈琲にぴったり。

レアチーズケーキには、柑橘系のジャムを添えられている。こちらももちろん自家製。
大人にちょうど良い、甘さ、大きさ。
あ、でももっと食べられますけど…
2種類のケーキはいずれも400円。良心的すぎる!

真剣にドリップするマスターの様子をうっとり眺めながらも、
気になってしまうのはカウンターに並ぶ本、本、本…

マルクスの『経済学』があると思えば、『リア王』『レ・ミゼラブル』も並んでいる。

『ティファニーのデーブルマナー』や、暮らしの手帳の『暮らしのヒント集』、
エガちゃんの『エイガ批評宣言』など、セレクトはかなり幅広い。とくに村上春樹の著書は豊富。
どれを手にとっても引き込まれる面白さがあり、不思議と統一感があるように感じる。

たとえば、ノートルダム清心女子大の元学園長の渡辺和子さんの著書『面倒だから、しよう』と、ジャズサックス奏者の坂田明さんの『ミジンコ道楽〜その哲学と実践〜』。
一見毛色の違う本のようだが、どちらも、人間らしくよりよく生きるヒントが詰まっている。ここで、斜め読みしたからこそ購入した2冊。

日本のマザーテレサとも喩えられる佐藤初女さんの著書『初女さんのお料理』。
青森県の岩木山麓の山荘「森のイスキア」で給される、苦しみを抱える人たちを癒す料理の数々。
イスキアでの初女さんの生活の姿とともに紹介されている。


女優ではなく、一人の女性としての高峰さんを知りたくなってしまった『高峰秀子の流儀』も、鍼灸よりも体に効く料理、という意味のレシピ本『はりめし』も、草枕なくしては出会えなかった本。

ほかにも冒頭を読んで、おもわず購入した本は多数…

私にとって興味のない本がほぼないので聞くと、書棚はマスターがセレクトした本に、お客さんが持ってきてくれた本をプラスしているそうだ。
読書家のマスターの目がすみずみにまで行き届いている。
書店や図書館をうろうろ探すより、草枕の本棚をぼーっと眺めているほうが、労なく確実に面白い本に出会える。

私が近所ではなく、ちょっと離れた場所から来ていることを覚えていてくれて
「今日もお蕎麦ですか?」と話しかけてくれる、やさしい物腰のマスターご夫婦。

「ブログ用の写真を撮らせてください」と言うと「いやいやいや…」と暗がりに隠れてしまったのに、
カメラを仕舞おうとすると「え、もう撮らないんですか?」とにこやかに再登場するお二人は、とてもお茶目なのだった。

不世出のバッハ弾きグレン・グールドも愛してやまなかったという夏目漱石の『草枕』。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住み良くせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊い。

夏目漱石『草枕』

私にとっての喫茶店「草枕」は、まさに”世を長閑に、心を豊かにしてくれる場所”なのだけど…
店名の由来、いつかマスターに聞いてみよう。

今日も素晴らしく美味しかった珈琲、そしてスイーツ。
草枕で過ごす時間はいつも豊かで、心満たされてお店を後にする。
また来よう。
ごちそうさまでした。


草枕
東京都港区西新橋1丁目10−1 日美ビル 1F 日美ビル
月~金曜 10:00~23:00、
土曜 10:00~18:00
日曜定休